はじめまして、イチジクプロモーター志田です。

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はじめに「想い」

=うまい!
2016年9月に実家山形の農園のいちじくを食べた頃から始まりました。

その頃の私は自分の人生について悩んでいる時期でした。
一見は整骨院の院長になり、成功を収めているように見えているが、自分の心情は違いました。
この仕事自体は好きだけど、本当にこれが自分のやるべきことなんだろうか?
日々時間に追われて、このままいったら、ただ時間が過ぎて平凡に終わってしまう。

自分にしかできないことは今の仕事なんだろうか?
こんな“問い”を自分に送るようになっていました。

実際、僕の前の先輩についていた患者さまは当初は来院してこなかったが、数日後には頼りにして来てくれていた。とても嬉しいことなんだが、自分が辞めてもきっとこうなるだろうなと思った瞬間でもありました。

自分にしかできないことはなんだろう?

そんなことをずっと考え、いろんな人に会っているうちに、とても素敵なコミュニティに出会いました

ここの人等は、皆好きなことを志事にしていて、前向きで明るくて素敵な人達ばかりでした。

なぜ、みんなそれを見つける事ができたのかが気になり聞いてみました。

「自分の中に答えはあるよ、問いかけてみるときっと見つかるよ」
そう、いってくれたことは忘れません。

そこからは自分に問いました。
今までを振り返って、自分を見つめ直しました。

そこで見つけたのが、“地元の事が好きなんだ自分”ということでした。

東京にきてから同郷の人に会ったら嬉しくなり、山形のお店があれば立ち寄り、山形の商品があると購入してる、山形に帰ると嬉しい。

こんな自分がいた事に気づきました。

=生まれ育った故郷の為に何か恩返しがしたい。

そう決めた時でした。

おじちゃんに誘われて、いちじくを食べ、おじちゃんのいちじくに対する想いを聞いた時にこのいちじくを広めたいという想いが募りました。

『このうまいいちじくを食べて喜んでほしいな』
『ここを観光地にして人が喜べる場所をつくりでぇな』

これを実現化させる事が自分の夢になりました。
自分にしかできないことを見つけたときでした。

いちじくが有名になれば、地元への恩返しにもなる。
社会問題である“農家の高齢化”や“伝統の廃業”“若者の働き方”などの問題にもつながるものになると確信しました。

まずは、『いちじく観光農園を創り上げる』
これを実現し、地元人の喜ぶ顔、観光客の喜ぶ顔、家族の喜ぶ顔、おじちゃんの喜ぶ顔を作ることをここに表明します。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    志田修平、1985年5月29日 調理師、管理栄養士、柔道整復師 『いちじくプロモーター』 実家のイチジク農園を有名にすることを始め、販路の拡大を行い豊かになり、それを他の農家さんの販路を作り上げ、山形の農家を豊かにする。 そのための活動としていちじくの認知をあげるための活動を現在はおこなっています。 (私にできること) イベントなどの出張料理を行います。普通のイベントにはない、美味しく懐かしい料理から斬新な料理の提供など他のイベントとの差別化ができます。